“Fahrenheit 451” の道

過去数年の間にほんの数回しか通っていない、という道がある。数回しかないがゆえに、通った時どんな状況だったか、誰と何を話したかは比較的よく覚えている。 昨年、友人と一緒の時に、その道を久しぶりに通り、映画の話になった。その友人は、特に映画好き…

追加 (あとからのことについて)

始まりの理由が些細なことだと、その印象に引っ張られてその事柄全体をも些細なことだと思われがちだけれども、必ずしもそうとは限らない。 何を言いたいかというと、だ。些細な理由で始まった嫌がらせであっても、その嫌がらせが《3年以上も続く》というこ…

なぜ今書いたか

前回書いたことについて。 antoine.hatenablog.jp “なぜ今書くか等の理由も書いておくほうがいいとなればそれは次回にでも書く ” と前回の冒頭で言ったので、それだけはいちおう書いておくことにした (以下、文中における人物の呼び方は前回と同じ)。 とにか…

受け入れられないものは受け入れられない

今年から、“空気を読まない” “本来しなくてよかったはずの我慢はしない” ことにしている。なので書く。なぜ今書くか等の理由も書いておくほうがいいとなればそれは次回にでも書く (今回そこまで書くとなると、いくらなんでも長くなりすぎるため)。 この話に…

もっとほかに言いようがある

かなり以前から思っていたことであるが。 映画評などを読んでいて、主演の誰それよりも助演の誰それの演技のほうがすごかった、というようなことが書いてある場合に、“誰それ(助演)が誰それ(主演)を食ってる” という表現をされていることがたまにあるのだが…

“趣味” というものについての長らくの考え事

趣味というものについて、人と話す機会があった時、話した内容について思うことがなんやかやとあったりするわけだが、そのわりに、その なんやかやのほうを話す機会というのが案外なく、かと言ってそれを話すためだけに知人友人に時間を取らせるのもしのびな…